モノノホン

モノノホンによると、ここは地球の片隅であり、世界の真ん中であるらしい。

パディントン、宮本笑里のコンサート、「予定調和のアンコール」について

 1月26日。祖母宅の雪かきをしてきた。「雪かき」というよりは、もはや「氷割り」だった。
 夜、珍しく細君が観たいと言った映画『パディントン』を借りてきて観る。素晴らしい映画だった。予想外のことはほとんど起きないんだけど、ちりばめられたユーモアで、何度も声をあげて笑った。テンポもいい。クライマックスは泣ける(その直後にまた笑いがある)。世の中こんなセンス溢れた映画ばかりだったら、僕は映画館に足繁く通うだろう。
 寝る前には漫画『子供はわかってあげない』を再読した。以前に僕が「完璧な漫画」と評した作品。相変わらず完璧だった。というかより完璧になっていた。もしマンガ星人が宇宙からやってきて「平成に出された最も完璧な漫画を差し出せ」と言ってきたら、僕は間違いなくこの漫画を差し出す。そしてマンガ星人と一緒に読む。
 この漫画に関しては、僕は好きすぎて紙も電書も持っている。眼精疲労が怖いので、昨夜は紙で読んだ。持っててよかった紙の本。

 

 1月27日。今日は朝に家を出て、細君が行きたいと言っていた合羽橋商店街へ。いつか祖母に包丁を買った以来だ。
 いくつか店を見て、浅草へ。蕎麦を食べる。蕎麦屋のカレーを食べたかったが、その店にはなかった。『美味しんぼ』で海原雄山をも唸らせたことでおなじみの暮坪かぶのおろしを使った蕎麦を食べる。
 地下鉄で勝どきへ。第一生命ホールで宮本笑里のコンサート。いつか来たことある場所だなと思ったら、ここは僕が有楽町で逆ナンしてきた女の子に誘われてパーティーピーポーと飲んだことでおなじみの場所だった。な、懐かしい。
 宮本笑里(ヴァイオリン)、加藤昌則(ピアノ、編曲)、金子鈴太郎(チェロ)のトリオでの演奏。宮本さんのステージは3回目。細君が宮本さんのファンなので、連れて行ってもらっている。加藤さんのアレンジ、金子さんのキャラクター、そしてその上に立つ宮本さんが、見事なハーモニーを奏でる。いいステージだった。

 

 アンコールぽくない感じでアンコールが始まったのも好ましい(演奏された曲がセットリストになかったのでアンコールなのだろう)。
 僕はあのみんなで手拍子を合わせてアンコールを誘うやり方が嫌いだ。掛け声を合わせるようなものは論外。帰りたくなる。
 ひとりひとりが拍手をして声をあげてアンコールを誘うのはわかる。それは素晴らしいステージに対する意思表示だ。でも最近は(僕はほとんどロックやポップスのライブしか行かないが)、アンコールが既定路線というか、予定調和になっている。「次の曲で最後です」と曲が始まり、演奏後に「今日はどうもありがとうございました」と言って、演者が袖に引っ込む。客の拍手が手拍子に変わる。少しして演者が再登場。そんな「いつもの」風景が、どうにも肌に合わない。
 アンコールが嫌いなわけじゃない。僕だって好きなアーティストの音楽をたくさん聴けるのはうれしい。でもそれが「当たり前」のことになって、プログラムに組み込まれているのは、おかしいと思う。なら最初から本編のプログラムに組み込んでおいてほしい。そして、それを100%、全力で演奏してほしい。
 なんなら、ひどい演奏だった場合は、アンコールなんてせずに客はみんな帰ればいいと思う。そして本来アンコールとはそういうものだった。「特別」だったものが、客にとっても演者にとっても「当たり前」のものになって、それはもはや「アンコール」ではない。
 演者が「次の曲で最後です」なんて言っても、誰もその言葉を信じていないし、言った本人だってそんな気はない。どう考えてもそれは変だ。
 ワタナベタカシくんは、「あの曲はアンコールでやりまーす」とか、「どうせみんなアンコールで呼ぶんでしょ?」みたいなことを本編中に笑いながら言う。彼が「ライブのアンコールの現状」みたいなものにどういう思いがあるのかはわからないが、ライブ本編でのそういう態度が「予定調和のアンコール」へのアンチテーゼなのだとしたら、とても好ましい。
 2016年1月、宮沢和史の活動休止前のラストライブがあったとき、既定のアンコールが終わっても、客はいつまでも帰らなかった。誰もいないステージに向かって拍手を続け、宮沢さんの名前を呼び続けた。みんな「最後」の予感がしていたんだと思う。客席のファンの「待ってるから」の声に、宮沢さんは首を縦に振らなかった。ホールを出る人もいたが、多くの人は残っていた。泣いている人も多かった。
 その叫びに呼ばれ(根負けし)、宮沢さんが再びステージに立った。演奏をすることはなかったが、みんなを見回して、頭を下げた。宮沢さんにとっては、予定外のことだったと思う。でも、客の真の意思表示って、こういうことなんだろう。客の叫びが、演者を動かした。客に勝算はなかったが、最後に演者を動かした。ステージって、かくあるべきだよな、と僕は思った。
 同じような理由で、僕は大相撲の「制限時間ありきの立合い」も好きになれない。あれも時間前の仕切りはただのポーズになっている。もっと真剣にやってほしい。栃ノ心おめでとう。

 

 夕食はKITTEで寿司。店内はひたすらビートルズが流れていたが、ときどきボーカルが消えた。どういう仕組みだったんだろう。
 ビートルズを聴きながら、そういや高校生のときに、音楽の時間に同級生の木村くんとビートルズを演奏したなと思った。お金持ちのキムの家の地下の防音室で一緒に練習した。キムがギター、僕がピアノを弾いた。『Yesterday』と『A Hard Day's Night』をやったように記憶している。ヤァ!ヤァ!ヤァ!
 高校の音楽ではTHE BOOMの『風になりたい』をやったこともあった。秀才でムッツリスケベなエレクトーン奏者の田中くんが耳コピして編曲してくれた楽譜をもとに、グループで演奏した(その楽譜の質の高さにジェバンニが一晩でやってくれたときと同じぐらい驚いた)。あれは最高に楽しい時間だった。MDで録音したんだけど、あのディスクはどこにあるんだろう。

 

 食後にはコーヒーを飲んで、帰宅。盛りだくさんな一日だった。しかし寒い。キーボードを叩く指先が冷たい。
 明日は昼に祖母と食事の予定。