モノノホン

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カバーのない本たち

 「ブックカバー」(「書皮<しょひ>」ともいう)というと、まずは書店でかけられるカバーを想像すると思うが、単行本や文庫本、新書本に最初からついているカバー(バーコードとかが載っているやつ)も、本のカバーであることには違いない。
 書店のブックカバーについては愛好家も少なくないようで、その収集や研究なども行なわれている。それについての本まで出ている。一方で、出版社がつけるカバーについては、調べようにもあまり情報がない。こと単行本のカバーについては、僕はその起源や展開の経緯についてまったく知らない。
 今回は、その出版社がつけるカバーについて。

 

 出版社がカバーをつける理由は明確だ。
 まず、汚れたときにカバーの交換だけで終わらせることができる。紙は汚れが落ちにくいものだが、本体に汚れが付着した場合、その本は破棄せざるをえなくなってしまう。それに対してカバーが本を守っている場合、カバーが汚れてもカバーの交換だけで、その損失を抑えることができる。経験上、日本人は汚れや傷みに対して極めてシビアなユーザーが多いので、何かがあってもカバーだけで対処できるというのは利点だ。
 また、本の情報(価格や出版社など)が変わったときも、カバーの交換だけですむ。カバーをつけている本は、基本的に本体には価格などの情報を載せていない。価格を変える必要が生じたとき、本体に手を加えなくていい(最悪の場合は処分することになる)のは、大きい。
 主に文庫本でカバーを変えることもある。夏のフェアであったり、映画公開などで、カバーが特別版になることが、近年ではよくある。
 このように出版する側にとってカバーには利点が多いので、大手出版社の本には、例外を除いてほぼすべてにカバーがついている。例外は、函・箱のある本や、一部の写真集や美術本など。なお、ご存知の通り、雑誌やムック本にはカバーはつかない。

 

 試しに家にある本で、カバーのついていないものを探してみた。我が家には蔵書の2~3割ぐらいしか置いていないが、我が家にある大手出版社の本には漏れなくついている。一瞬ついていないと思ったものも、調べたらムック扱いだった。家に置いていない本の装丁を思い出してみても、ペーパーバック仕様の小学館の「P+D BOOKS」のものを除いては、思い当たるものがない。
 一方で、小規模の出版社の本には、カバーがついていないものもあった。ハードカバー、ソフトカバー問わず、一般の本でもデザインを重視した個性的な作りになっている。僕の蔵書ではないのだが、先日、実家ではハードカバーそのものにバーコードが打ってある本もあった。これはかなり珍しい。僕もカバーのない本で、帯にバーコードやISBNなどの書誌情報が載った本は持っている(夏葉社の『冬の本』)。これは帯が必須(帯がないと流通できない)ということで、珍しい体裁の本だが、何かあっても帯を変えればいいという意味で、本体に直に情報を印字しているその本よりも取り扱いはいくぶん楽だ。
 こういうことができるのは、小規模出版社の、ひとつひとつの本に目を配れるという特性と(大手はひとつひとつにそんなことをしていられないのだろう)、カバー代を節約するという面もあるのだろう(カバーを作るとそれだけ余計にお金がかかる)。編集者によってはカバーのない本を作りたいときもあるのかもしれないが、大手出版社では現実的な問題で難しいのだと思う。

 

 ところで、僕は本を読むときには、帯を取って読む。まったく無意味なものでない限り、帯を捨てることはしないのだが、それでも読むときにははっきり言って邪魔になる。場合によってはカバーも外す。結局のところ、本は本体だけが一番読みやすい。
 取り外した帯やカバーは、扱いに困る。帯やカバーを取り外してもらうとわかると思うのだが、あれは単独で置いておくとけっこう目障りだ。どこかに置いておくしかないのだが、帯やカバーは非常に弱いので(所詮は薄い紙一枚だ)、すぐに折れたり破れたりする。僕は遅読な上に同時に何冊も本を読むので、注意しないといろんなところにいろんな本の帯やカバーが転がっていることになる。しかも傷めたら落ち込んでしまう。厄介だ。