モノノホン

モノノホンによると、ここは地球の片隅であり、世界の真ん中であるらしい。

「コインチェック」出川と「黒塗り」浜ちゃんに罪はあるのか / 日米のCM

 少し前にブログで『出演者にとって悲劇的なCM』という記事を書いた。そうしたら「コインチェック」の大騒動が起きて、CMに出演していた出川哲朗にも飛び火している。先の記事はこういうことを念頭に置いていたわけではないが、まあこういうことが起こり得るのは容易に想像できた。

 

 テレビといえば、大晦日の『ダウンタウンガキの使いやあらへんで!』で、浜田雅功エディ・マーフィーに扮するために顔を黒塗りにして世界的な問題になっている。
 「差別とは何か」ということまで考え始めてしまうと、とてもじゃないがこんなスペースにはまとめられないので、ここでは置いておくとして、このニュースを見たとき、「テレビはまだこんなことを当たり前にやっていたのか」と驚いた。『ガキ使』関係者は、過去からいったい何を学んできたのだろう。このバッシングが想定外なものなのだとしたら、あまりに無知だ。

 

 このふたつの騒動・問題が話題になるとき、「出演者に罪はあるのか」ということが必ずと言っていいほど議論になる。つまり、コインチェックのCMに出た出川は悪いのか、顔を黒塗りにした浜ちゃんは悪いのか、ということだ。
 いろいろな意見があるようだが、僕はこの二人にも罪は「ある」と考えている。以下にその理由を書こう。

 

 「出演者に罪がない」という人は、こう言う。「スタッフや事務所が悪いのだ」と。つまり、出川は事務所が取ってきた仕事をやったに過ぎず、浜ちゃんの顔を黒塗りにする演出をしたのはスタッフである、と。「主体」が出演者にはないということだ。
 でも、本当にそうだろうか? もしそうなのだとしたら、タレントって、ただの「お飾り」なのだろうか?
 「タレントなんて所詮そんなもん」とか、「タレントは中身が空っぽだからね」という論を唱える人が、出川や浜ちゃんは悪くないと言うのならわかる。しかし、そう考えない人が、つまりタレントに個性や価値を認めている人が、スタッフや事務所にすべての責任を押し付けてしまうのは、理屈が合わない。「出川の頑張っている姿が好き」とか、「ダウンタウンはすごい才能の持ち主」とか言っている人が、こんなときだけ「でもタレントは空っぽのただの「飾り」だから悪くない」なんて言うのは、タレントに対してあまりに失礼だ。価値を認めるのであれば、罪を有することも認めなければならない。

 

 なので、出演や演出を受け入れた以上、僕は出演者にも責任が生じていると考える。タレントがただの「シンボル」だった時代は、もう終わっている。

 


 最近は少し状況が変わってきているらしいが、アメリカではスターたちがCMに出ることは稀だったという。
 出演者としては、「CMは「二流以下」や「落ち目」が出るもの」という意識があるほか、「その商品に何かあったら出演者にも訴訟が及ぶかもしれない」という懸念があったようだ。広告主としては、「その出演者を嫌う人が商品を買ってくれなくなる」ことを恐れていた。
 日本人は「誰が」使っているかで購買意欲が刺激される傾向がある一方、アメリカ人はその商品が「いかに」優れているかで購入を判断するのだという文化的な違いも指摘されている。それはCMの内容にも色濃く反映されているとのこと。
 つまりは、アメリカでは「CMに出るなんてみっともないし、リスクもある」とされて、「そもそも誰を出そうが売り上げに影響なんてしない」ということのようだ(だからギャラの安い俳優やタレントを使う)。「CM女王」という言葉がある日本とは、考え方がまるで違う。
 思い返せば、嵐が好きな僕の祖母はちゃんと日立の冷蔵庫を買った(ポンコツすぎて2年間で3回もメインの基盤を交換することになった)。僕も嫌いなタレントが出ているCMの商品は買わない(これはアメリカでも同じことのよう)。
 ただ、出演者にとってCMがカネになるのは間違いのないようで、アメリカのスターが日本でCMに出ることはけっこうある。日本人はCMの「出演者」を重視するので、スターの需要は高いようだ。なお、その際は「アメリカでは流さない」みたいな契約をするらしい(見られると「あいつ落ち目だな」と思われるので)。
 とはいえ、最初にも書いたけど、アメリカでもこういう状況は崩れてきているという話も聞く。
 僕はかの「ペプシチャレンジ」のような「比較広告」がけっこう好きなのだけど、日本人はこういうのがお嫌いなようで、ほとんどお目にかかることがない。まあ、日本人が作ったら、データを使うにしても改ざんされそうだし、ユーザーもそれにまんまと騙されそうなんだけど(アメリカの事情は知らないが)。

やっぱり上を向いて歩こう

 村上春樹に「下を向いて歩こう」というエッセイがある(『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』村上春樹安西水丸/新潮文庫/1999)。村上春樹がジャズバーを経営していた頃、翌日中に金を用意しないと手形が不渡りになるという状況の中、どうしてもあと3万円が工面できず、誰もいない静かな夜道を夫婦でとぼとぼと歩いていた。すると、道端に紙切れが落ちていて、近づいてみると、それは3枚の1万円札だった。そのおかげで苦境を脱せたのだ、という話。いま同じ話をTwitterに書いたら炎上間違いなしだ。

 

 このエッセイのタイトルは、当然、坂本九の『上を向いて歩こう』が念頭にあってのものだ。言うまでもなく『上を向いて歩こう』は、日本の音楽史に残る作品で、「世界で最も有名な日本の歌」であるという(ちなみに2番目はTHE BOOMの『島唄』という説がある)。『SUKIYAKI』というタイトルでアメリカで大ヒットした話もあまりに有名だ。
 日本人からすれば「スキヤキって何やねん!」という気になるが、日本は日本で『A Hard Day's Night』を『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』と訳したりしているので、おあいこなんだろう。むしろ昔の方がそんなハチャメチャな邦題が多くて楽しかった気がする。『A Hard Day's Night』が2001年にリバイバル上映されたときは、邦題は『ハード・デイズ・ナイト』に変更された。やはり比べても熱量が足りない。観に行ったけど。

 

 で、本題。先日書いたように肩こりがひどく、治る気配もないので、病院に行った。僕は僕としては珍しく、「医者」という存在を無条件に信頼しているので、とにかく医療機関へ行こうと思った。
 朝イチで行ったので、いつもは大入りの整形外科も、空いている。診断の結果は「ストレートネック気味」とのこと。本来、首は少し反っているのが正常なのだが、それがまっすぐになっているらしい。
 原因は、「下の向きすぎ」。パソコン、タブレットを長時間同じ体勢でやっているのが悪いんだろうなと思う。身に覚えがありすぎる。デジタルものばかりじゃなくて、本だって読むときは下を向くから、何にせよやりすぎはよくない。少なくとも休憩したり姿勢を変えたりすることは必要だ。

 

 僕は昔から体のバランスが良くない。「まっすぐ寝てください」と言われて、自分ではまっすぐに横になったつもりでも、必ず曲がっている。視力も長いこと左右でかなり差があった。
 いちおう改善しようと、なるべく左右に同じ負荷をかけようとはしているが、投げたり蹴ったり書いたり切ったりなど、左ではできないことも多い。あとお尻を拭くのも左ではできない。左でもできるようになりたいと思っているんだけど、こればっかりはなかなか「練習」ができないので、難しい。失敗もできないし。
 今回の肩こりも、特に右がひどい。頭痛も右の方が強い。目の違和感も右が強い。自然と筋肉の使い方なんかがアンバランスになっているんだろうと思う。

 

 病院で少しリハビリをすることになった。新しい整形外科なので、設備も新しい。首を牽引してもらい、ウォーターベッドでマッサージをしてもらう。何年か前に腰痛で通ったときもこのウォーターベッドを使ったが、これがとにかく気持ち良い。ボキッ、バキッ、みたいな荒療治に憧れることもあるが、体への負担を考えたら、じんわりやってもらう方が安全だ。
 次の診察は一週間後になるということだが、できるだけ来られるときにリハビリに来るようにとのこと。よっしゃ、毎日行ったろ、と思う。あと日常でも意識的に上を向く機会を増やした方がいいという話。別に涙が出ているわけではないが、上を向こうと思う。とにかく早い快癒を目指す。

パディントン、宮本笑里のコンサート、「予定調和のアンコール」について

 1月26日。祖母宅の雪かきをしてきた。「雪かき」というよりは、もはや「氷割り」だった。
 夜、珍しく細君が観たいと言った映画『パディントン』を借りてきて観る。素晴らしい映画だった。予想外のことはほとんど起きないんだけど、ちりばめられたユーモアで、何度も声をあげて笑った。テンポもいい。クライマックスは泣ける(その直後にまた笑いがある)。世の中こんなセンス溢れた映画ばかりだったら、僕は映画館に足繁く通うだろう。
 寝る前には漫画『子供はわかってあげない』を再読した。以前に僕が「完璧な漫画」と評した作品。相変わらず完璧だった。というかより完璧になっていた。もしマンガ星人が宇宙からやってきて「平成に出された最も完璧な漫画を差し出せ」と言ってきたら、僕は間違いなくこの漫画を差し出す。そしてマンガ星人と一緒に読む。
 この漫画に関しては、僕は好きすぎて紙も電書も持っている。眼精疲労が怖いので、昨夜は紙で読んだ。持っててよかった紙の本。

 

 1月27日。今日は朝に家を出て、細君が行きたいと言っていた合羽橋商店街へ。いつか祖母に包丁を買った以来だ。
 いくつか店を見て、浅草へ。蕎麦を食べる。蕎麦屋のカレーを食べたかったが、その店にはなかった。『美味しんぼ』で海原雄山をも唸らせたことでおなじみの暮坪かぶのおろしを使った蕎麦を食べる。
 地下鉄で勝どきへ。第一生命ホールで宮本笑里のコンサート。いつか来たことある場所だなと思ったら、ここは僕が有楽町で逆ナンしてきた女の子に誘われてパーティーピーポーと飲んだことでおなじみの場所だった。な、懐かしい。
 宮本笑里(ヴァイオリン)、加藤昌則(ピアノ、編曲)、金子鈴太郎(チェロ)のトリオでの演奏。宮本さんのステージは3回目。細君が宮本さんのファンなので、連れて行ってもらっている。加藤さんのアレンジ、金子さんのキャラクター、そしてその上に立つ宮本さんが、見事なハーモニーを奏でる。いいステージだった。

 

 アンコールぽくない感じでアンコールが始まったのも好ましい(演奏された曲がセットリストになかったのでアンコールなのだろう)。
 僕はあのみんなで手拍子を合わせてアンコールを誘うやり方が嫌いだ。掛け声を合わせるようなものは論外。帰りたくなる。
 ひとりひとりが拍手をして声をあげてアンコールを誘うのはわかる。それは素晴らしいステージに対する意思表示だ。でも最近は(僕はほとんどロックやポップスのライブしか行かないが)、アンコールが既定路線というか、予定調和になっている。「次の曲で最後です」と曲が始まり、演奏後に「今日はどうもありがとうございました」と言って、演者が袖に引っ込む。客の拍手が手拍子に変わる。少しして演者が再登場。そんな「いつもの」風景が、どうにも肌に合わない。
 アンコールが嫌いなわけじゃない。僕だって好きなアーティストの音楽をたくさん聴けるのはうれしい。でもそれが「当たり前」のことになって、プログラムに組み込まれているのは、おかしいと思う。なら最初から本編のプログラムに組み込んでおいてほしい。そして、それを100%、全力で演奏してほしい。
 なんなら、ひどい演奏だった場合は、アンコールなんてせずに客はみんな帰ればいいと思う。そして本来アンコールとはそういうものだった。「特別」だったものが、客にとっても演者にとっても「当たり前」のものになって、それはもはや「アンコール」ではない。
 演者が「次の曲で最後です」なんて言っても、誰もその言葉を信じていないし、言った本人だってそんな気はない。どう考えてもそれは変だ。
 ワタナベタカシくんは、「あの曲はアンコールでやりまーす」とか、「どうせみんなアンコールで呼ぶんでしょ?」みたいなことを本編中に笑いながら言う。彼が「ライブのアンコールの現状」みたいなものにどういう思いがあるのかはわからないが、ライブ本編でのそういう態度が「予定調和のアンコール」へのアンチテーゼなのだとしたら、とても好ましい。
 2016年1月、宮沢和史の活動休止前のラストライブがあったとき、既定のアンコールが終わっても、客はいつまでも帰らなかった。誰もいないステージに向かって拍手を続け、宮沢さんの名前を呼び続けた。みんな「最後」の予感がしていたんだと思う。客席のファンの「待ってるから」の声に、宮沢さんは首を縦に振らなかった。ホールを出る人もいたが、多くの人は残っていた。泣いている人も多かった。
 その叫びに呼ばれ(根負けし)、宮沢さんが再びステージに立った。演奏をすることはなかったが、みんなを見回して、頭を下げた。宮沢さんにとっては、予定外のことだったと思う。でも、客の真の意思表示って、こういうことなんだろう。客の叫びが、演者を動かした。客に勝算はなかったが、最後に演者を動かした。ステージって、かくあるべきだよな、と僕は思った。
 同じような理由で、僕は大相撲の「制限時間ありきの立合い」も好きになれない。あれも時間前の仕切りはただのポーズになっている。もっと真剣にやってほしい。栃ノ心おめでとう。

 

 夕食はKITTEで寿司。店内はひたすらビートルズが流れていたが、ときどきボーカルが消えた。どういう仕組みだったんだろう。
 ビートルズを聴きながら、そういや高校生のときに、音楽の時間に同級生の木村くんとビートルズを演奏したなと思った。お金持ちのキムの家の地下の防音室で一緒に練習した。キムがギター、僕がピアノを弾いた。『Yesterday』と『A Hard Day's Night』をやったように記憶している。ヤァ!ヤァ!ヤァ!
 高校の音楽ではTHE BOOMの『風になりたい』をやったこともあった。秀才でムッツリスケベなエレクトーン奏者の田中くんが耳コピして編曲してくれた楽譜をもとに、グループで演奏した(その楽譜の質の高さにジェバンニが一晩でやってくれたときと同じぐらい驚いた)。あれは最高に楽しい時間だった。MDで録音したんだけど、あのディスクはどこにあるんだろう。

 

 食後にはコーヒーを飲んで、帰宅。盛りだくさんな一日だった。しかし寒い。キーボードを叩く指先が冷たい。
 明日は昼に祖母と食事の予定。

久々の新橋、京橋の写真展、八重洲ブックセンター

 どうやら眼精疲労のようだ。特に医者に診てもらったわけではないが、症状を検索すると眼精疲労のそれと合致する。
 今月中旬の胃腸炎のあと、目のかゆみと首の痛みが同時に来た。首の痛みが引いたらひどい肩こりに悩まされた。たまたま目と首・肩が同じタイミングで来たのだろうとばかり思っていたが、いつもはすぐに治る目のかゆみがぜんぜん引かないので、もしやと思って調べてみたら、まったく眼精疲労の症状らしい。ううむ。

 

 久々に新橋に行く。清々しくはあるがおそろしく寒い。震災の年から通っている病院も、順調にいけばあと1、2回で終わる。
 主治医が結婚したらしい。そのことを細君に伝えると(細君は一度会ったことがある)、「相手がいたの!?」と、とても驚いていた。長く通えばいろいろあったが、いい先生だった。治療が終わったらお礼の手紙でも書こうと思う。

 

 診察のあと、病院と同じビルの地下にあるお好み焼き屋へ行く。存在は知っていたが、行ったことはなかった。最近読んでいるブログの2004年の記事にその店が載っていて、おいしいということ。診察終わりに主治医にその店について聞いてみた。「おいしいおいしい。普通だけどね、おいしいよ」とのことだった。
 13時ちょうどに店に入る。客は誰もいない。やっていないんじゃないかとさえ思った。750円の普通のお好み焼きを頼む。普通の、というのはもちろん広島風だ。広島風じゃなければわざわざ行かない。
 テーブルに鉄板があるタイプではなく、店の人が焼いたものを持ってきてくれるスタイル。僕しかいないからか、思ったよりも早く出来上がった。うん、普通。おいしいけど、感動はしない。
 何度か広島でお好み焼きを食べたが、広島のお好み焼きというのは、感動がついてくる。安くはないけど、感動する、それが広島のお好み焼きだ。今日のお好み焼きは、高くないけど感動はしない、そんな感じ。まあ、おいしいんだけど、普通。自分でも作れそう。
 帰って細君にそのことを伝えると、お好み焼きとラーメンの価格の話になった。お好み焼きもラーメンも高いが、食材と作る手間を考えれば、お好み焼きは割高な気がする。僕は広島風お好み焼きも作るし、菊水の麺を買ってきてスープは自作してラーメンも作る。店の感動は出せないが、十分においしい。ちなみにいまは寿司が食べたい。寿司は作れないので、食べに行くしかない。

 

 せっかくなので、烏森神社にも寄る。散々目の前を通ってきたが、参拝するのは初めて。
 僕は心臓の病院も新橋にあるので、新橋自体にはこれからも来るだろうが、一時期は毎週通っていたから、それに比べるとだいぶ遠い街になる。まだ最後ではないけれど、これまでの挨拶。

 

 新橋駅から銀座線に乗って京橋へ向かう。ISLAND GALLERYでの宮沢和史の写真展。去年の4月にも開催されたが。それ以来だ。
 他の展示のときに来たことがないのでわからないのだが、ここはとにかく感じのいいスタッフの人に声をかけられる。前回もそうだった。小さい会場で、客も少なかったからかもしれないが、まあよく声をかけられる。そしてこちらから話しかけてもオッケー。もしかしたら客層としては、僕(30代男)というのは少ないのかもしれない。たぶん宮沢さん(僕のちょうど20歳上)世代の女性が多いんじゃないかと思う。
 飾られた写真と詩は30枚。時間があれば、というか一周にそんなにかからないので、一度見終わったら、もう一度最初の写真に戻ることをおすすめする。最初は気づかなかったが、最後の写真を見てから最初の写真に戻ると、ストーリーを感じる。
 何気ない写真ばかりなのだが、そういう「日常の風景」が愛しい。宮沢さんの歌も流れていて(今回はわからないが、前回は宮沢さんが選曲したものだったと聞いた)、とにかく心地よい空間だ。
 なお展示してある写真は購入できる。50,000円以上買うと、2月4日に開催されるトークイベントにも参加できる。これほど行きたいイベントはないが、僕の財力ではさすがに無理だ。カタログも売っている(2,800円)。オンラインストアでも購入できるが、発色があまりよくないので、可能ならば実物を見ることをおすすめする。当たり前ながら、受ける印象が全然違う。
 会期は今月の28日まで。18日から開催していたらしいが、僕は一昨日やっていることを知った。ギャラリーの場所は、京橋の明治屋の近く。東京駅(八重洲口)からもぜんぜん歩ける距離。少しわかりにくいが、がんばってください。

 

 ISLAND GALLERYを出て、八重洲ブックセンターに行く。いつ以来かわからないほど久しぶり。最後に行ったときは、ノムさんがサイン会をしていたときだった気がする。先日亡くなったサッチーもいた。なんだこの長い列は、と思ったら、その先にノムさんがいて、隣にサッチーがいて、おお、と思ったのを思い出す。
 野球関係者なら、ノムさんと落合とイチローのサイン会なら行きたいと思う。清原も行きたい。なんだかんだ、清原は幼き日のヒーローだ。松坂だって素晴らしいピッチャーだし、西口だって西武を背負ったエースで、松井稼頭央はスーパースターなんだけど、あの頃に西武球場でホームランを打っていた清原は、特別なんです。
 八重洲ブックセンターでは、村上春樹の『1Q84』を発売日(の前日だった記憶がある)に会社の昼休みに行って買ったり、入院する祖母が退屈だろうと思ったので原田泰治の作品集を買ったりした思い出がある。
 今日は4階でしばらくいて、あれこれ本を買い(レジの店員さんがとても親切だった)、地下に降りて少し本を買った。いつの間にか(と言えるほど来ていないんだけど)ポイントカードができていた。
 店内では制服姿の女子高生を何組か見た。普段からこういう本屋に行ける環境が素晴らしい。僕も高校時代に宮脇書店本店によく行っていたけれど、いい本屋ほど素晴らしい空間はない。
 ちなみにここは4階まではエスカレーターで行けるが、それより上(8階まで)はエレベーターか階段でないと行けない。なぜこういう造りにしたのか。文芸や文庫が5階で、美術関係が8階で、など不便である。まあいいんだけど。

 

 京浜東北線の北行で家路につく。最近は都内に出ても帰宅時は中央線ばかりだったので、この方面の京浜東北線も久しぶり。南浦和駅の5番ホームからは夕焼けの中の富士山が見えた。しかし寒い。以前、日本橋の会社に勤めていたとき、神田→南浦和→東所沢→家と進むにつれて、気温が下がるのを感じたことを思い出す。
 最寄り駅に着き、薬局に寄る。「目・肩・腰」系の錠剤と、レンジで温めて目に当てるパッドを買う。パッドは繰り返し使えるというものを買ったが、コーヒーのにおいは別にいらないなと思った(あずきとコーヒー豆が入っている)。しかしとにかく目を大事にしないといけない。

 

 腰が痛くなるので(僕は地べたに座るのが苦手だ)、こたつではあまり執筆はしないのだが、さすがに寒すぎてこたつでこの記事を書いた。明日は完全に雪かきができていないという祖母宅へ行って雪かきをする予定。

『本で床は抜けるのか』を読んで

 『本で床は抜けるのか』(西牟田靖/本の雑誌社/2015)を読んだ。
 仕事場を木造アパートの2階に移した著者が、引越しを手伝ってくれた業者の社長から「よく思い切りましたね」と言われるところから話は始まる。その意味ありげな言葉と、貧弱な造りの建物、そして著者の蔵書の数から、「もしかしたら床が抜けるんではなかろうか」と危機感を持った著者が、「本で床は抜けるのか」をテーマに取材を繰り広げる体験記だ。
 実際に床が抜けた人や、抜けそうになった人を含め、とにかく蔵書の数の多い人ばかりが出てくる。対策としては、「蔵書をまとめて処分」「電子化」「私設図書館を作る」「書庫を建設」など。
 取材を通して著者が増えすぎた蔵書をどうするかを考えるというのが主題である。現実問題としては、図書館を建てるほどの蔵書もなく、書庫を建設するほどの財力もない著者には限られた選択肢がないのだが、まあいろんな蔵書家が出てくる。この本を読むと、僕もまだまだなんだなあと安心する。関係ないけど「書物をたくさん所有している人」を意味する「蔵書家」という言葉は、大辞林(アプリ版)にはあるが、広辞苑(第7版)にはない。
 なお最後はかなり深刻な家庭問題にまで発展する。結末を知らなかったのでけっこう驚いた。この本を読むと、僕も気をつけないとなあと冷や汗が出る。
 著者の本はこれまで「国境」関係のものを読んでいたので、こういう軽いテーマ(最後には重くなるわけだが)の本も出すのだなと少し意外だった。出版社は本の雑誌社。『本の雑誌』を出している出版社だ。この本のことも、いつかたまたま買った『本の雑誌』で知った。

 

 僕は自分の持っている本の数を把握していない。もちろん数えたらわかることなのだけど、わざわざそこまですることのほどでもないし。
 感覚では、漫画以外の本が800~1,000冊、漫画(紙)が250冊程度という気がする。電子書籍の漫画は632冊(honto:622冊+Kindle:10冊)らしい。漫画以外の電子書籍は3冊ある。うち電子書籍限定が1冊。
 大した数ではないが、株式会社エイチーム引越し侍が2014年に行った調査によると、日本の一人あたりの本の保有冊数の全国平均は、本(漫画以外)が76.2冊、漫画が75.0冊だということなので、それに比べたら持っている方だということになる。
 本は、自宅に置いているのは全体の3割程度だと思う。残りの7割は近くの祖母宅に置かせてもらっている。祖母宅には普段からちょくちょく行くので、本が必要になればそのときにピックアップしている。かなり恵まれた環境だ。
 とはいえ、際限なくものを増やせるわけではない。僕はこれまでに何度か蔵書の大掛かりな整理を行った。特に大規模だったのが、去年の冬に行った整理だ。このときは漫画とDVD/Blu-rayを半分以上処分した(売った)。
 その後、漫画については基本的に電子書籍を買うようにしている。僕はどうも縦書きの文章を電子書籍で読むのが苦手なのだが、漫画に関しては苦もなく読めることがわかったので、場所をとらない電子書籍はありがたい。漫画は本文の紙が軽い(密度が低い)のだが、とにかく刊行スピードが速いので、どんどん増えていってしまう。電子書籍がなければ、いまの1.5倍~2倍近くのスペースが必要なことを考えると、恐ろしい。
 床が抜ける心配というのは、僕自身はしたことがない。板橋で住んでいたボロアパートなどはむしろ床を抜かして壊してしまった方が世の中のためになったんじゃないかとさえ思うが、そのときでさえ床が抜けそうだなという気はしなかった。僕はその家での経験から、木造の集合住宅を嫌うようになったので、おそらくこれからも「床が抜ける」という心配はしないんじゃないかと思う。
 しかしながら、重さのことは考えないでいいにしても、スペースの問題は常につきまとうわけで、けっこう繊細な問題なのだと知ったいま、気をつけたいと思う。散らかさないように努力します、と最後に細君向けのメッセージを残して、今回はおしまい。

カバーのない本たち

 「ブックカバー」(「書皮<しょひ>」ともいう)というと、まずは書店でかけられるカバーを想像すると思うが、単行本や文庫本、新書本に最初からついているカバー(バーコードとかが載っているやつ)も、本のカバーであることには違いない。
 書店のブックカバーについては愛好家も少なくないようで、その収集や研究なども行なわれている。それについての本まで出ている。一方で、出版社がつけるカバーについては、調べようにもあまり情報がない。こと単行本のカバーについては、僕はその起源や展開の経緯についてまったく知らない。
 今回は、その出版社がつけるカバーについて。

 

 出版社がカバーをつける理由は明確だ。
 まず、汚れたときにカバーの交換だけで終わらせることができる。紙は汚れが落ちにくいものだが、本体に汚れが付着した場合、その本は破棄せざるをえなくなってしまう。それに対してカバーが本を守っている場合、カバーが汚れてもカバーの交換だけで、その損失を抑えることができる。経験上、日本人は汚れや傷みに対して極めてシビアなユーザーが多いので、何かがあってもカバーだけで対処できるというのは利点だ。
 また、本の情報(価格や出版社など)が変わったときも、カバーの交換だけですむ。カバーをつけている本は、基本的に本体には価格などの情報を載せていない。価格を変える必要が生じたとき、本体に手を加えなくていい(最悪の場合は処分することになる)のは、大きい。
 主に文庫本でカバーを変えることもある。夏のフェアであったり、映画公開などで、カバーが特別版になることが、近年ではよくある。
 このように出版する側にとってカバーには利点が多いので、大手出版社の本には、例外を除いてほぼすべてにカバーがついている。例外は、函・箱のある本や、一部の写真集や美術本など。なお、ご存知の通り、雑誌やムック本にはカバーはつかない。

 

 試しに家にある本で、カバーのついていないものを探してみた。我が家には蔵書の2~3割ぐらいしか置いていないが、我が家にある大手出版社の本には漏れなくついている。一瞬ついていないと思ったものも、調べたらムック扱いだった。家に置いていない本の装丁を思い出してみても、ペーパーバック仕様の小学館の「P+D BOOKS」のものを除いては、思い当たるものがない。
 一方で、小規模の出版社の本には、カバーがついていないものもあった。ハードカバー、ソフトカバー問わず、一般の本でもデザインを重視した個性的な作りになっている。僕の蔵書ではないのだが、先日、実家ではハードカバーそのものにバーコードが打ってある本もあった。これはかなり珍しい。僕もカバーのない本で、帯にバーコードやISBNなどの書誌情報が載った本は持っている(夏葉社の『冬の本』)。これは帯が必須(帯がないと流通できない)ということで、珍しい体裁の本だが、何かあっても帯を変えればいいという意味で、本体に直に情報を印字しているその本よりも取り扱いはいくぶん楽だ。
 こういうことができるのは、小規模出版社の、ひとつひとつの本に目を配れるという特性と(大手はひとつひとつにそんなことをしていられないのだろう)、カバー代を節約するという面もあるのだろう(カバーを作るとそれだけ余計にお金がかかる)。編集者によってはカバーのない本を作りたいときもあるのかもしれないが、大手出版社では現実的な問題で難しいのだと思う。

 

 ところで、僕は本を読むときには、帯を取って読む。まったく無意味なものでない限り、帯を捨てることはしないのだが、それでも読むときにははっきり言って邪魔になる。場合によってはカバーも外す。結局のところ、本は本体だけが一番読みやすい。
 取り外した帯やカバーは、扱いに困る。帯やカバーを取り外してもらうとわかると思うのだが、あれは単独で置いておくとけっこう目障りだ。どこかに置いておくしかないのだが、帯やカバーは非常に弱いので(所詮は薄い紙一枚だ)、すぐに折れたり破れたりする。僕は遅読な上に同時に何冊も本を読むので、注意しないといろんなところにいろんな本の帯やカバーが転がっていることになる。しかも傷めたら落ち込んでしまう。厄介だ。

懐かしの「古紙配合率偽装問題」の問題

 年末に実家で年賀状に関する記事を途中まで書いてほったらかしにしていた。その記事で、10年前に起きた「古紙配合率偽装問題」について触れたのだけど、その部分が長くなっていたので、年賀状とは別の記事とすることにした。というわけで、普通の人は忘れているであろう古紙配合率偽装問題について。

 


 かつて起きた年賀葉書の古紙配合率偽装問題を覚えている人はいるだろうか。この問題は2008年1月に内部告発によって発覚した。1月8日に初めて報道されたので、松の内が明けた直後という、いま覚えばすごいタイミングでニュースにされたと思う。このときは僕は大学生だった。
 偽装の内容としては、古紙が40%入っていると謳われていたにもかかわらず、実際にはそれ以下の古紙しか含有されていなかったというもの。つまり、品質的にはむしろ「いい紙」を作っていたことになる。いろんな業界で偽装が問題になるが、品質的に優れたものを売っていたというところが、他の偽装問題とは違う。
 なぜ古紙を入れない年賀葉書を作ったのかというと、古紙入りの年賀葉書は「採算が合わない」からである。
 古紙入りの紙というのは、作るのが難しい。古紙パルプはフレッシュパルプに比べて繊維が弱いし、余計に漂白もしないといけない。気も遣うし手間もかかるし何より金がかかる。特にそれは葉書のような上等な紙を作るのであればなおさらだ。葉書がわら半紙の色になったら、たぶんみんな怒るよね。
 90年代中頃に、国が年賀葉書を古紙入りのものにすると決めた。しかし当然ながら年賀状の売価は変わらないし、品質を落とすわけにはいかない。ユーザー(一般客)への年賀状の売価が変わらない以上、古紙を入れたからといってメーカーが得る金が極端に増えるとは考えられない。「古紙を入れろ、しかし品質は落とすな」というのは、技術が伴わないのなら、紙のメーカーにとっては無茶な要求である。
 なので、古紙を入れずに紙を作った。そちらの方が安いからだ。しかし国に「古紙入れてません」とは言えないので、黙っていた。古紙偽装の問題は、粗悪なものを作っていたことが問題なのではなく、ユーザーをだましていたことが問題なのだ。まあ、葉書を作る製紙会社すべてが横並びで偽装していたということも、けっこう闇ではあると思うが。

 

 なぜ国は葉書を古紙入りにしようとしたのだろうか。これは簡単。「地球環境に配慮している」という姿勢をアピールしたかったからである。
 紙を作るのには木を使う。木を切るのは環境破壊であるというイメージがある。木のかわりに古紙を使えば環境に良いのではないか、というのは、まあ分からないでもない。たしかに紙を作るのに使う木の数だけでいうと、古紙を使った方が使う木は減る。
 しかしながら、それは木の伐採量のことしか考えていないのであって、古紙パルプを使うのには手間がかかるから、木の使用量を減らした結果、化石燃料の使用量が増えました、という事態にならないとも限らず、そうなったらどちらが環境に悪いのかもう分からない(日本製紙は2007年に、製造工程で化石燃料由来のCO2排出量が増加するケースがあるという理由で、古紙100%の紙の製造を中止している。いまはまた製造している)。
 また、「保全」ということを考えるなら、適度に木を切って循環させた方がいいという考えもある。
 そこまで頭を回す人は、残念ながらそう多くないだろう。古紙が入れば入るほど環境に配慮している気に、人はなりがちだ。これはメーカーの周知の仕方にも問題がある。
 一般ユーザーが「古紙が入った方が環境によい」と信じているので、いつまでも国がフレッシュパルプ(バージンパルプ)100%配合の紙を使うわけにもいかない。「いつまで環境に悪いものを使っているんだ!」と批判されかねないからだ。なので国は「環境に配慮しています」アピールをする。そのひとつが古紙入り葉書の発行だった。
 環境に配慮した製品は金がかかる。しかし、葉書の値段を上げたら、たぶんほとんどのユーザーは怒るだろう。それによって葉書の使用が減るかもしれない。つまり、品質は求めるのに金は出さないという、メーカーからしてみれば滅茶苦茶な要求を受けた。製紙メーカーを全面的に擁護するわけではないが、ユーザーが短絡的で、しかも「いいものに対価を払う」ということをしないのが、この事件のそもそもの発端であったと思う。「やってほしけりゃ金を出せ、しかし本当に環境にやさしいかは知らんよ」という姿勢を、メーカー側もきちんと出すべきだったと思うが、現実問題としてなかなか難しいのもわかる(でもやらないとみんな勘違いしたままになる)。

 

 僕が小学生だった頃、学校で使われるプリントはわら半紙だった。これはたぶん環境のことを考えてというより、単純に安いからだと思う。
 白色度の高い上質紙の方が安価になった、ガリ版や輪転機からコピー機での印刷になった(わら半紙はコピー機での印刷に適さない)、わら半紙は破れやすく変色しやすい、などの理由で、現在では学校でもわら半紙を使うことはほとんどないらしい(使うメリットが少ないので)。
 2000年に制定され、2014年に一部改定された「グリーン購入法」により、公共団体は環境に配慮したグリーン購入または購入する努力をする義務ができた。国など公共団体が率先して環境に配慮する姿勢をとるのは大切なことだと思うが、それが「本当に」自然環境のためになっているのかどうか、環境に配慮したいのであれば、きちんと見ていかなければならない。

 

 ちなみにわら半紙は最近ではケーキを作る際の敷紙にも利用されているらしい。水分を吸収しやすい特性を活かしているようだ。
 ただ、古紙がたんまり入っているから、あまり食品に直接触れる用途では使わない方がいい気がする。「直ちに影響はない」だろうけど。